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シカゴ・マーカンタイル取引所の金先物(2025年4月限、以下「NY金先物」)価格は、2025年3月13日に1トロイオンス=3,000ドルの大台を突破した後、一段と上昇基調を強め、20日には3,065.2ドルの史上最高値を更新しました。
トランプ米大統領の強硬な関税政策を背景とした経済の先行き不透明感やインフレ懸念、中東情勢の緊迫化を受けた地政学的リスクの高まりなどを手掛かりに、投資家の安全資産やインフレヘッジとしての買いが相場を押し上げました。
このコラムでは金相場が上昇した背景を整理したうえで、今後の展開を予想します。
1.NY金先物価格3,000ドル突破の背景
1-1 NY金価格3,000ドル突破までの流れ
NY金先物価格は先週3月13日に3,000ドルの大台を突破した後は騰勢を強め、20日高値3,065.2ドルの史上最高値を更新しました。直接のきっかけは、12日に米労働省が公表した2月の米消費者物価指数(CPI)が前年同月比2.8%と、市場予想の2.9%を下回ったことで、2月の米CPIの伸び率の鈍化をみた米連邦準備制度理事会(FRB)が早期利下げを行うのではないかとの見方が強まったことが要因です。米FRBの政策金利の引き下げは、金利を生まない資産である金にとっては支援材料となります。
その後は、3月18-19日開催の米連邦準備制度理事会(FOMC)に市場の注目が集まる中、イスラエル軍が18日未明にパレスチナ自治区ガザの数十の標的を空爆。地政学的リスクの高まりから、ドル建てNY金は安全資産としての買いが入り、値位置を切り上げました。
そして19日の米FOMCでは利下げが見送られると共に、米FOMC後の会見で、パウエル米FRB議長は関税の影響でインフレ期待が高まっているが、関税インフレの影響を見通すのが適切かどうか判断するのは時期尚早との見解を示しました。一方で、トランプ米大統領は19日、関税が経済に徐々に影響し始める中、米FRBは金利を引き下げた方が良いと自身のソーシャルメディアプラットフォーム「トゥルース・ソーシャル」投稿しました。
4月2日に予定される「相互関税」の発動を前に投資家の警戒感が強まるなかで、ドル建てNY金相場は高止まりしています。
図1:シカゴ・マーカンタイル取引所のドル建て金先物(2025年4月限)の時間足
1-1.米FRBのインフレ見通し
18-19日開催の米連邦準備制度理事会(FOMC)では、パウエル米FRB議長がトランプ政権の貿易政策の経済への影響をどのように語るかが注目されていました。
パウエル米FRB議長は会見で、基本シナリオとしては関税に伴うインフレ率の上昇は「一過性」に留まるとの認識を示し、米FRBは利下げを急がない姿勢を示したことが市場に好感されました。
しかし、トランプ米大統領は19日夜、4月2日に予定される「相互関税」の発動を念頭に、自身のソーシャルメディアプラットフォーム「トゥルース・ソーシャル」へ、「米国の関税が経済に移行(緩和!)し始めたら、米FOMCは金利を引き下げた方がずっといい」「正しいことをしよう。4月2日は米国の解放記念日だ!」と投稿。外国為替市場では円高ドル安が進行しました。
1-2. 米FRBの利下げ予想
米FRBは、インフレ率が目標の2%に近づく中で、金融政策の緩和を検討しています。
ただ、年内に利下げが行われるとの市場の見方は変わりませんが、予想される利下げ時期については昨年から後ズレしています。ブルームバーグ・ニュースが実施するエコノミスト調査では、昨年12月の調査では3、6、9月の年3回の追加利下げが実施されるとの見通しでしたが、今年3月の調査での予想中央値は9、12月の年2回となりました。
通常、米利下げ観測の後退は金相場にとっては弱材料ですが、トランプ米大統領が4月2日に発動する「相互関税」が米経済へ与える影響への懸念が、米FRBが利下げを見送った理由であるため、市場への影響は限られました。
1-3.米経済見通し
今回の米FOMCで公表された、委員会メンバーによる最新の経済・物価見通しは以下の通りとなります。
2024年 12月時点 |
2025年 3月時点 |
変化率 | |
米経済成長率予想 | 2.1% | 1.7% | -0.4% |
個人消費支出(PCE)物価指数で見た 年末のインフレ率予想 |
2.5% | 2.8% | +0.3% |
失業率予想 | 4.3% | 4.4% | +0.1% |
パウエル米FRB議長は景気後退(リセッション)の確率は上昇したが、高くはないと指摘。 今後は、米国の貿易政策が経済へ与える影響を見定めてから利下げを行うという姿勢を示しています。
2.貿易摩擦の影響
2-1.トランプ政権の「相互関税」
トランプ米大統領は、4月2日に貿易相手国と同じ水準にまで関税を引き上げる「相互関税」や自動車への新たな関税措置の発動を検討しています。
通常、相互関税は自国と他国の関税率の差を埋めるために導入されるもので、自国製品にも他国製品にも均一に課税される付加価値税は対象となりません。しかし、トランプ米大統領は、欧州の付加価値税や日本の消費税、各国の補助金なども「相互関税」を課す理由になり得る、との見解を示しています。
2-2.在EU米商工会議所からの警告
在欧州連合(EU)米商工会議所は3月17日に発表した年次大西洋経済報告書で、貿易は米欧間の商業活動の一部に過ぎず、アメリカと欧州間の関税を巡る対立が強まり、米欧間のビジネスを脅かしていると警告。同商工会議所は、「米国と欧州の投資の大半は低コストの新興市場向けではなく、欧米間で行われている」と指摘しました。
米企業の欧州における売上高は、米国の欧州向け輸出の4倍で、欧州企業の米国での売上高は欧州の対米輸出の3倍となっているが、貿易摩擦が波及することで、こうした緊密な関係が損なわれる恐れがあるとしています。
2-3.サプライチェーン混乱への警戒感
トランプ米大統領は「相互関税」により、工場がアメリカ国内に戻り、アメリカ国内の労働者の仕事が増えるとの認識を示しています。しかし、現在のアメリカの製造業が海外に拠点を置くのは、自国内で設計を行い、製造は海外の受託会社に任せることで、生産コストを下げるという国際分業の一環であるため、「相互関税」はこの動きを阻害し、サプライチェーンに混乱を招くと見られています。過去に、米中間の貿易摩擦がエスカレートした際に、電子機器や半導体産業が大きく混乱したことも、市場の警戒感を高めています。
3.地政学的リスクの持続
3-1.ロシアとウクライナの停戦交渉の難航
ロシアとウクライナの停戦交渉は難航しています。
ウクライナとロシアの停戦案については、2月28日にゼレンスキー大統領とトランプ米大統領の首脳会談が決裂する等、紆余曲折を経て、アメリカとウクライナの間で「30日間の停戦受け入れ」が合意されました。しかし、ロシアのプーチン大統領はトランプ米大統領との3月18日の電話会談で、エネルギー関連施設への30日間の攻撃停止に合意する一方、アメリカがウクライナとの間で合意した30日間の停戦には応じませんでした。
3-2.イスラエルとハマスの停戦合意の崩壊危機
2025年1月19日に発行したイスラエルとハマスの停戦でしたが、恒久的な停戦に向かう交渉が行き詰まる中、イスラエル軍は3月18日、パレスチナ自治区ガザ地区のイスラム組織ハマスに対する大規模な空爆を実施しました。
イスラエルとハマスの停戦合意は3段階でできており、第1段階の人質の解放に続き、第2段階として永続的な停戦の確立とイスラエル軍のガザ撤退が交渉される予定でした。
しかし、第2段階の交渉は始まらず、アメリカとイスラエルは3月14日に共同声明を発表し、3月12日に、イスラム教の断食月(ラマダン)とユダヤ教の過ぎ越しの祭り(パスオーバー)が終わる4月20日まで、50日間停戦を延長する「つなぎ案」を提示したことを明らかにしました。
トランプ大統領は3月15日、SNSの投稿で、米軍に対し「イエメンのフーシ派に対する断固とした強力な軍事行動を開始するよう命じた」と明らかにしており、イスラエルは米国の支持を得た上で空爆を行ったとの認識を示しています。
4.まとめ
米国の政策金利の利下げ見通しが強まると共に、インフレ見通しが上振れたことが、ドル建てNY金価格を支えています。
また、4月2日にトランプ米大統領の「相互関税」の発動を控え、関税政策が各国間の投資活動やサプライチェーンに悪影響を与える可能性があるとの見方が経済の先行き不透明感を強めたことや、ロシアとウクライナの停戦交渉の難航やイスラエルとハマスの停戦合意崩壊の危機が、地政学的リスクを強めていることも、安全資産としての金需要を強めました。
短期的には、ドル建て金価格は3,000ドルの値固めを試す展開が見込まれます。また、関税政策により経済成長の鈍化やインフレ進行が進むようであれば、ドル建て金価格は一段高を試す展開が期待されます。