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金の年末年始のアノマリーとは、金価格が11月から年明け2月まで上昇傾向が続くため、10月末に金を買って、2月末に金を売れば、利益となる可能性が高いという経験則のことです。近年は、金価格とドル指数の逆相関に崩れがみられたり、金利に対する金相場の動きに変化が見られます。
このコラムでは、経験則である年末年始のアノマリーが現在も通用するかを検証します。
1.金相場の年末年始のアノマリー
1-1.そもそもアノマリーとは
アノマリーとは、理論的な根拠がある訳ではないがよく当たる相場の経験則のことです。
相場格言とも言われ、日本の株式市場でも経験則として、年初は1月効果で株高となり、2月上旬まで上昇(節分天井)、3月決算に向けた調整売りで下落(彼岸底)の季節性パターンがあると言われます。
1-2.金の年末年始のアノマリーとは
年末年始の金相場は、インドの祭り(10月または11月)、クリスマス(12月)、中国の旧正月(1月、2月)で金の需要が増加するため、金価格が上昇しやすくなるという季節性パターンがあります。
金の年末年始のアノマリーは、この季節性を利用して、金価格が11月から年明け2月まで上昇傾向が続くため、金を10月末に買って、2月末に売れば、利益となる可能性が高いという経験則です。
1980年から2025年までの、10月末の金価格と翌年2月末の金価格の推移は次の表のようになります。
期間(年) | 上昇回数 | 下降回数 | 合計 | 上昇割合(%) |
---|---|---|---|---|
1980-2025 | 27 | 18 | 45 | 60% |
(LBMA金価格よりUNBANKED株式会社が作成)
1980年から2025年の間の10月末と翌年2月末のドル建て金価格を比べたとき、45回中27回(約60%)と、半数以上で、10月末より翌年2月末の方が高くなっているため、金の年末年始のアノマリーが存在するとは言えます。
1-3.金の年末年始のアノマリーの成立過程
ただ、先に述べますと、この金の年末年始のアノマリーが有効になったのは2000年以降です。
2000年より前は基本的に、金価格の上昇場面は売り場と捉えられており、1月に上昇する傾向はありますが、上昇した場面での売り圧力が強く、2月末時点では、10月末の金価格よりも安くなっているケースが多く存在しました。
これは、相場への影響力の点で、ファンド筋の売りの方が、個人投資家の買いよりも遥かに強かったことが影響したと考えられます。
2000年を区切りとして期間を分けてアノマリーを検証すると、次のようになります。
2000年から2025年にかけては上昇割合が84%ですが、1980年から1999年までの上昇割合は30%と半数を割り込み、年末年始のアノマリーは成立していませんでした。
1980年代から1990年代末は、金地金は金利も発生せず、「価値を生み出さない資産」であるとみなす考えが流行しており、投資家は金よりも株式などの収益性の高い資産を選ぶ傾向がありました。(ご興味があれば、以前に掲載したコラム「金相場の歴史を振り返る②:1980年~1990年代」をご確認ください。)
2000年代になり、金への投資需要が増えると、投資家の行動に変化がみられます。
金上場投資信託(ETF)が上場されてからは、小口投資家の金購入が取引所を通じて相場へ影響を与えるようになりました。特に、中国の小口の買いが相場へ与える影響やは大きなものでした。また、1月は、欧米の投資家の金への資金流入が急増します。この季節性パターンは、毎月の金価格の上昇と相関する傾向があります。
次の表は、前月と比べた月の平均価格が、上昇した割合を一覧としたものです。
期間(年) | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1980-1999 | 30% | 45% | 30% | 40% | 45% | 20% | 35% | 70% | 65% | 40% | 50% | 35% |
2000-2024 | 80% | 60% | 48% | 48% | 48% | 56% | 44% | 64% | 60% | 36% | 56% | 56% |
2020-2024 | 100% | 40% | 60% | 80% | 60% | 20% | 60% | 60% | 20% | 20% | 60% | 40% |
(LBMA金価格よりUNBANKED株式会社が作成)
先に述べた1月の金相場へ投資家が与える影響は年々強まり、2020年から2024年にかけては、ドル建て金価格の12月の平均値を1月の平均値が100%上回ります。また、同時に、9月、10月に価格が下落する傾向も強まり、結果として10月末に購入した金を2月末に売却するという年末年始のアノマリーが成立しています。
1-4.金価格とドル指数のアノマリー
冒頭で述べたように、アノマリーは経験則であるため、ファンダメンタルズでの合理的な説明が難しいものです。そのため値動きの解釈は複数あります。先程は、金相場に季節性パターンが発生する理由として需給要因をあげました。
これとは別に、ドル指数の季節性パターンが金価格の季節性パターンに影響しているという考え方もあります。
ドル指数には次のような季節性パターンがあるとされます。
・6月はドルが強くなる傾向があります。米国経済が第2四半期に向け勢いを増すことが理由の一つとされます。
・夏季はドルの変動が限定的になる傾向があります。投資家の休暇でや市場の取引量が減少するためです。
・年末はドルが弱くなる傾向があります。投資家がポジションを調整したり、リスク資産に移行するためです。
ドル建て金価格とドル指数が逆相関関係にあり、金が上がればドル指数が下がり、ドル指数が上がれば金が下がるとされます。その視点で過去5年の値動きを捉えた場合、ドル建て金とドル指数の平均価格が翌月に上昇する回数の割合は、次の表のように、金価格とドル指数は逆相関の季節性パターンを示します。
銘柄 | 期間(年) | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
GOLD | 2020-2024 | 100% | 40% | 60% | 80% | 60% | 20% | 60% | 60% | 20% | 20% | 60% | 40% |
ドル指数 | 2020-2024 | 40% | 100% | 60% | 60% | 40% | 80% | 40% | 60% | 80% | 80% | 40% | 40% |
(LBMA金価格及びICEのドル指数よりUNBANKED株式会社が作成)
近年は金価格とドル指数の相関関係が崩れ、同方向に動くこともありますが、アノマリーは過去の相場の動きから得た経験則であるため、現時点では余り影響を受けていません。ただ、今後この関係が変化する可能性もあるため、注意が必要です。
2.今後もアノマリーが継続するのか?
2-1.年末年始のアノマリーが成立しなくなるケース
冒頭で述べたように、金の年末年始のアノマリーは、11月から年明け2月まで金価格の上昇傾向が続くため、10月末に金を買って、2月末に金を売れば、利益となる可能性が高いという経験則です。このアノマリーは2000年以降に成立したもので、逆を言えば、環境の変化によって成立しなくなることもあります。
どのようなケースで年末年始のアノマリーが成立しなくなるかを知ることで、今後もアノマリーが継続するのかを推し量る手がかりになると考えられます。アノマリーが崩れる原因となり得るケースは次のようなものがあります。
2-2.政策金利の上昇、期待インフレ率の低下
実質金利が上昇すると、利息を生まない金の魅力が減少します。
実質金利は(実質金利=名目金利-期待インフレ率)で計算され、中央銀行が政策金利を引き上げたときや、インフレ見通しが引き下げられたときに上昇します。
今後、世界的なインフレへの警戒感が緩むと、米FRBが年末に金利を引き上げる可能性があります。その場合は、金が下落し、年末年始のアノマリーが成立しにくくなる可能性があります。
また、実効金利が上昇することで、投資家の関心が他のリスク資産へと向かい、金の需要が低下することも起こり得ます。
2-3.経済成長の鈍化、流動性の低下
年末年始に発表される経済指標や政府の政策が予想外の結果をもたらすと、市場全体が動揺し、金価格に影響を与えることがあります。
例えば、想定以上に強い経済指標が発表されると、株式などのリスク資産への投資が増え、安全資産の金の需要が減少します。逆に、リーマンショック時のようなことが起こり経済成長が鈍化すると、投資家は金を売って資産を現金化し、損失の補填に充てたり預金等の貯蓄を増やす傾向があります。この場合も金の需要が減少し、年末年始のアノマリーが影響を受けることがあります。
2-4.地政学的リスクの低下
地政学的な緊張が高まると、金は安全資産としての需要が増加しますが、逆に市場が安定している場合、金の需要が減少することがあります。中東問題やウクライナ情勢が予想外に早期解決した場合、安全資産需要が急減する可能性があります。また、国際的な緊張が和らぎ、金融市場が安定している場合、各国中央銀行の公的金購入が減少するかもしれません。その場合も金価格への下押し圧力が強まり、年末年始のアノマリーが影響を受ける可能性があります。
2-5.投資家の行動変化
年末年始には通常、投資家がポートフォリオを調整し、金の需要が一時的に増加する傾向があります。この傾向は欧米で多く見られます。しかし、過去のアノマリーを意識した取引が増えると、市場の効率化が進み、アノマリーが薄れる可能性があります。また、近年の機械学習モデルの普及の影響で、アルゴリズム取引(システムトレード)に季節性パターンを逆手に取る戦略が増えれば、アノマリーが相殺されるケースも考えられます。
上記に挙げた要因は複数が絡み合って相場へ影響を与え、どれかひとつが原因で年末年始のアノマリーが崩れるという訳ではありません。ただ、起こり得ないと言えない程度に発生する可能性があるため、年末にかけて世界情勢を見定める必要がありそうです。
3.まとめ
年末年始のアノマリーと成立の過程を説明し、アノマリーが崩れる可能性がある環境の変化について触れました。
現状、投資家の意識がアノマリーを利用した取引へ向けられているためか、歴史的にも1月と金価格の上昇には明確な相関関係があるためかは分かりませんが、金価格は1月に上昇しています。
このアノマリーが完全に崩れるには、世界的に金融市場が安定し、地政学的リスクが低下し、インフレ率が低下し、政策金利が引き上げられることで、金需要が後退する必要があります。
実現する可能性は低いですが、ありえないとも言えない範疇の出来事です。特に、インフレや政策金利の動向が金相場へ影響を与える可能性があり、年末年始のアノマリーが今後も継続するかを判断するに、当面は米FOMCメンバーや要人の発言が注目されます。
参考
1980年から2025年にかけての、10月末と2月末のドル建て金価格の比較一覧
(LBMA金価格(AM)よりUNBANKED株式会社が作成)
ドル建て金価格 | ||||
10月末日付 | 2月末日付 | 10月末 | 2月末 | 上昇/下降 |
---|---|---|---|---|
1980/10/31 | 1981/2/27 | 636.00 | 490.25 | 下降 |
1981/10/30 | 1982/2/26 | 429.00 | 363.25 | 下降 |
1982/10/29 | 1983/2/28 | 422.00 | 419.75 | 下降 |
1983/10/31 | 1984/2/29 | 383.50 | 396.60 | 上昇 |
1984/10/31 | 1985/2/28 | 334.50 | 290.50 | 下降 |
1985/10/31 | 1986/2/28 | 325.75 | 338.25 | 上昇 |
1986/10/31 | 1987/2/27 | 401.50 | 405.75 | 上昇 |
1987/10/30 | 1988/2/29 | 468.00 | 423.75 | 下降 |
1988/10/31 | 1989/2/28 | 412.30 | 386.75 | 下降 |
1989/10/31 | 1990/2/28 | 376.05 | 409.10 | 上昇 |
1990/10/31 | 1991/2/28 | 379.25 | 363.00 | 下降 |
1991/10/31 | 1992/2/28 | 357.40 | 353.05 | 下降 |
1992/10/30 | 1993/2/26 | 338.80 | 328.75 | 下降 |
1993/10/29 | 1994/2/28 | 369.10 | 380.75 | 上昇 |
1994/10/31 | 1995/2/28 | 387.40 | 375.70 | 下降 |
1995/10/31 | 1996/2/29 | 382.40 | 400.35 | 上昇 |
1996/10/31 | 1997/2/28 | 379.30 | 360.60 | 下降 |
1997/10/31 | 1998/2/27 | 310.40 | 296.55 | 下降 |
1998/10/30 | 1999/2/26 | 293.10 | 286.80 | 下降 |
1999/10/29 | 2000/2/29 | 298.85 | 294.00 | 下降 |
2000/10/31 | 2001/2/28 | 263.80 | 265.00 | 上昇 |
2001/10/31 | 2002/2/28 | 280.95 | 296.55 | 上昇 |
2002/10/31 | 2003/2/28 | 316.35 | 347.65 | 上昇 |
2003/10/31 | 2004/2/27 | 384.60 | 392.25 | 上昇 |
2004/10/29 | 2005/2/28 | 426.20 | 436.55 | 上昇 |
2005/10/31 | 2006/2/28 | 472.65 | 556.50 | 上昇 |
2006/10/31 | 2007/2/28 | 600.90 | 677.00 | 上昇 |
2007/10/31 | 2008/2/29 | 783.00 | 969.00 | 上昇 |
2008/10/31 | 2009/2/27 | 728.50 | 943.75 | 上昇 |
2009/10/30 | 2010/2/26 | 1044.50 | 1112.50 | 上昇 |
2010/10/29 | 2011/2/28 | 1336.75 | 1409.75 | 上昇 |
2011/10/31 | 2012/2/29 | 1718.00 | 1788.00 | 上昇 |
2012/10/31 | 2013/2/28 | 1718.00 | 1591.00 | 下降 |
2013/10/31 | 2014/2/28 | 1333.75 | 1327.75 | 下降 |
2014/10/31 | 2015/2/27 | 1173.25 | 1205.00 | 上昇 |
2015/10/30 | 2016/2/29 | 1147.75 | 1234.15 | 上昇 |
2016/10/31 | 2017/2/28 | 1274.20 | 1251.90 | 下降 |
2017/10/31 | 2018/2/28 | 1274.40 | 1320.30 | 上昇 |
2018/10/31 | 2019/2/28 | 1217.70 | 1325.45 | 上昇 |
2019/10/31 | 2020/2/28 | 1506.40 | 1626.35 | 上昇 |
2020/10/30 | 2021/2/26 | 1875.80 | 1765.10 | 下降 |
2021/10/29 | 2022/2/28 | 1796.30 | 1903.30 | 上昇 |
2022/10/31 | 2023/2/28 | 1638.85 | 1810.20 | 上昇 |
2023/10/31 | 2024/2/29 | 1997.60 | 2032.80 | 上昇 |
2024/10/31 | 2025/2/28 | 2779.40 | 2861.40 | 上昇 |